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東京高等裁判所 昭和36年(ラ)411号 決定

抗告人 保坂富太郎

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の趣旨および理由は、別紙のとおりである。

二(一)  本件記録によれば、つぎの事実が認められる。

別紙目録記載の本件土地とその上に存する本件建物とがもと債務者松田弘の所有に属していたところ、松田は、昭和二七年九月一七日本件建物について訴外株式会社横浜銀行のため根抵当権を設定し、同年一一月六日その旨の登記を了したが、その後右訴外銀行の申立により昭和三四年二月一六日同建物について競売開始決定がされ、ついで同年七月二三日抗告人(債権者)がこれを競落し、昭和三六年三月一一日その旨の登記を得た。一方、債務者稲木玉枝は、これより先昭和二九年一二月二〇日右松田から本件土地を代物弁済により譲り受け、昭和三四年六月三日その旨の所有権取得登記を経た。ところが、本件土地の地番は、一七七番の七であるのに、その上に存する本件建物は、登記簿上、別の一七七番地の八に存するものと表示されていた。もつとも、昭和三六年四月一〇日にいたり、その所在地番は一七七番の七に変更登記された。

(二)  抗告人は、本件建物の競落により債務者稲木の所有する本件土地について法定地上権を取得したと主張する。ところで、訴外株式会社横浜銀行が本件建物について根抵当権を有し、この根抵当権の実行により抗告人が本件建物を競落しひいてその建物の存する本件土地に対する民法第三八八条のいわゆる法定地上権の取得を債務者稲木に対抗するためには、右根抵当権についての登記が存し、その登記が、所定の要件を具備し本件土地上に本件建物の存する事実を公示するに足りるものでなければならない。債務者稲木は、このような登記の存否により法定地上権の発生を忍受しなければならないかどうかの重大な利害関係を有し、根抵当権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有することは明らかであるからである。ところが、前示変更登記前の本件建物の登記(表題部)は、所在地番を誤つていたのであるから、特段の事情の認められない限り、法定地上権の対抗を受くべきものに対する公示として要件を欠くものといわなければならず、しかも、登記簿上右のような地番の誤があつても、本件建物が一七七番の七の本件土地上にあるとの事実をほうふつさせるに足りる特段の事情の存在についてはこれをうかがうに足りる疎明がない。なお、保証金をもつてその疎明にかえることも相当とは認められない。

したがつて結局、抗告人が主張する債務者稲木に対する法定地上権の取得を肯定できないから、これを被保全権利とする債務者らに対する本件仮処分申請は、認容するに由がなく、これを却下した原決定は相当である。よつて、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 内田護文 入山実 荒木秀一)

抗告の趣旨

原決定を取り消す。

被抗告人(債務者)らの別紙目録記載の土地に対する占有を解いて、抗告人(債権者)の委任する横浜地方裁判所執行吏に保管を命ずる。執行吏は現状を変更しないことを条件として、被抗告人らに使用を許さなければならない。この場合に於ては、執行吏はその保管にかかることを公示するため適当な方法をとるべく、被抗告人らはこの占有を移転し、または占有名義を変更してはならない。

被抗告人らは右土地上に建築中の建物について建築工事を中止しなければならず、これを続行してはならない。

抗告の理由

一、原決定は、本件建物は実際には横浜市西区藤棚町二丁目一七七の七の本件土地上に存在するのに、同所同番の八の土地上に存在するものと誤つて保存登記された、件外横浜銀行は本件建物に抵当権を設定しその旨の登記がなされたが、本件建物の保存登記の表題部の地番の誤りは法定地上権発生に関する限り、その要素に拘わるものであつてこれを軽視すべきでないから本件建物の保存登記は無効であり、これを前提としてなされた抵当権設定の登記も無効であつて、被抗告人稲木に対抗し得ないものである、したがつて抗告人は本件土地につき、法定地上権を取得しないというにある。

二、本件建物についてなされた抵当権設定登記が有効か否かは結局その前提となつた被抗告人松田の建物保存登記が有効か否かにのみかゝつているといえるが、この保存登記は(したがつて、抵当権設定登記も)次の通り有効である。

被抗告人稲木が本件土地の所有権を取得した当時、本件建物は実際は藤棚町二丁目一七七番の七の本件土地上に存在するのに保存登記の表題部の地番が同所一七七番の八と表示され、この点が事実と相違していた(その後、昭和三十六年四月十日更正登記がなされた)。

しかし(1) 建物の構造、坪数は実際と同一であるうえ、(2) 本件土地上には、本件建物より存在せず、(3) しかも藤棚町一七七番の七として固定資産課税台帳(したがつて家屋台帳にも)に登録された建物はなかつた、(4) また同所一七七番の八の土地上には建物は存在しなかつた。

したがつて、本件建物の保存登記によつて表示された建物が本件建物であることは容易に知り得るものであつて、この保存登記は十分に公示の目的を達し得るものであるから訂正の前後を問わず有効である。

ちなみに、判例、学説をみれば、登記と実際との間に多少の不合致があつても登記の表示によつてその不動産の同一性を認めうる程度のものであるとき、いいかえれば、その表示が「大体に於て事実と一致し、依て以て事実を彷彿せしむるに足るもの」であれば、なお公示の目的を達するものとして、訂正の前後を問わずその登記を有効と認めてさしつかえない、これに反し、同一性を認めることができない場合、すなわちその登記が無効な場合とは、その表示が「事実を彷彿することすら不能なるほど爾く事実と懸隔せる」ときなのである(舟橋物権法法律学全集一〇六頁、幾代不動産登記法法律学全集一七〇頁八一頁参照)、判例のうえからも、本件建物についてなされた保存登記、抵当権設定登記は有効とされるものである。

(大審明治四〇、二、七刑録一三輯一二七頁、昭和二、四、二六東地新聞二七〇三号一〇頁、大審昭和二、六、三〇新聞二七四四号一二頁、大審昭和七、九、五裁判例民二五一頁、大審昭和九、九、一二新聞三七四六号一四頁、大審昭和一〇、三、二〇新聞三八二三号一四頁、大審昭和一〇、一二、七裁判例民三一一頁、昭和一二、二、一三台高院新聞四一〇六号五頁)。

三、以上のように本件建物の保存登記は有効であり、したがつて、抵当権設定登記も有効であつて保坂富太郎は被抗告人稲木に対し法定地上権を取得したものである。登記が有効か否かはその登記がよく公示の目的を達するか否かの法的価値判断をしたうえで決められるものであるから一般にその登記が十分に公示の目的を達するものとして有効とされる以上、法定地上権についてのみ、原決定がいうように建物保存登記における敷地表示の誤りは法定地上権発生に関する限り、その要素に拘わるものであつて、これを軽視すべきでなく保存登記及び抵当権設定登記は無効であると解すべき文理的、合理的根拠もないのにかゝわらず右のような理由で抗告人の法定地上権を否定し、抗告人の仮処分申請を却下した原決定には理由不備の違法がある。

四、かりに理由不備の違法がないとしても原決定は民法第三八八条、第一七七条の解釈を誤つて抗告人の法定地上権を否定し、しいては抗告人の仮処分申請を却下した違法がある。

なぜなら、建物の保存登記が有効か否かを判断するについては、敷地地番、構造、建坪等の登記の表示と事実との相違を比較し、その他同一性を判断するについて参考となる事実等を総合してその登記が十分公示の目的を達するものであるかどうかの法的価値判断をして決するものである(したがつて、本件建物の敷地である本件土地の所有権を取得した被抗告人稲木も自己の土地について将来法定地上権の制約を受けるかもしれないということを予想できたかどうかも前述の法的価値判断をするについて考慮されていることになる)から、一般の対抗問題として登記が有効とされる以上法定地上権についてのみ特にこれと異つた解釈をすべき文理的、合理的根拠がないからである。

五、被抗告人らは、抗告人の仮処分決定申請後本件土地上に建物の建築を始め、現在八割程度完成してしまつたので、本案訴訟も法定地上権に基く建物収去土地明渡請求訴訟として提起しなければならなくなつた。

六、しかし、このまま建築を続行されて建物の同一性がなくなつたり、また占有を他に移転されては本案訴訟で勝訴の判決を得ても執行が不能になるか、著しく困難になるので、抗告の趣旨のような裁判を求める。

目録

横浜市西区藤棚町二丁目一七七番の七

宅地 五八坪四合九勺

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